The link at the date of the calendar is an entry.
バックストリートボーイズ
2008-02-18 Mon 00:03
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だはは、今回も行ってまいりました、バックストリートボーイズ・ライブ!
本来、1月に東京2、名古屋、大阪の4日公演だったのが、ツアー日程のため、昨日今日の東京公演のみになってしまいましたが、思いっきり楽しんでまいりました〜♪

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上のこの画像はオープニング曲のシーン。
ボクシングしながらの登場で、楽しかったです〜♪
って、これは昨日の画像なんですけどね。
本日も18時開演かと思ったら、16時開演で思いっきり遅刻しました…(^^;
でもハウィープロデュースのバンドによる前座があったらしいので、結局16時半登場となり、16時50分には席に着いたんで、そんなに大遅刻ではなかったんですが。あはは。

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上はカジノやりながらの、SHOW ME THE MEANING OF BEING LONELY。
ちゃんと賭博しながらの歌唱で、しかもそれが凄く自然で、楽しかったです〜。
この曲って、こういうシーンでの曲なんだって、新鮮で面白かったです。

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今回はメンバー4人全員のソロもあり、楽しかったです。
上はニック。
他のメンバーの画像はブレちゃって微妙なので割愛(^^;
ニックは蛍光スティックでのドラムソロもやって、盛り上がりましたよ。

あ、でも一番盛り上がったのはA.Jかな。

このA.Jのソロで歌った曲って、なんていう曲名でしたっけ?

ご存知の方、コメントで教えてくださいませ〜(><)


個人的に今回のハウィーの髪型がとってもお気に入りでした!カッコよかったです!
でもソロシーンでの白シャツに白ベスト姿が、最初、ネクタイをカレーそば食べる時にサラリーマンがネクタイをシャツの中にねじこんでいるような姿に見え、「ん?ハウィー、日本人リーマンのコスプレか!?」とか思っちゃいました(^^;
途中で白ベストでネクタイが途中でしまわれているのに気づいたんで良かったです。ホッ。
(その後、友人との会話ではハウィーは「ソバ屋」と呼ばれてました。ゴメン、ハウィー!)

昨日はアンコールがBACKSTREET'S BACKでしたが、今日はそれは本編に組み込んで、今日のアンコールは昨日の本編からアンコールに選り抜いてSHAPE OF MY HEARTでした。
アンコール曲の変更は、昨日のアンコール終了時、1曲だけだったこともあって、客席から「ええー」という声があがったせいかな、とも思ったのですが、たぶん初日はバックスが戻ってきたよ、というメッセージでアンコールにBACKSTREET'S BACKを持ってきたのかなーと。
SHAPE OF MY HEARTは、ライブでは盛り上がる曲なので、2日目アンコールに満を持して持ってきたのかなー?と思いましたが、いかがでしょう?

なんにせよ、今までに無い、仕掛けがたくさんの、そして踊りまくりのバックスライブで楽しかったです!!
ケヴィンが抜けて、これからバックスとして正念場の初ツアーでしたからね。そんなヤル気をみせてくれて、ファンは嬉しいです。ついていく気満々になりました♪(もとから、ついていく気満々だけど(笑))
今回もありがとう、バックス!!



↑今回バックスライブを楽しまれた方、ぽちっとご一緒クリックをよろしくお願いします〜。
あ、日付がまわってしまった。もう昨日の話になってしまった!!
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浦和レッズ坪井慶介、代表引退。
2008-02-11 Mon 11:22
08021001.jpg左の画像は、坪井最後の代表選出となった、2008年2月6日水曜日雪の中おこなわれた、2010南アフリカW杯アジア3次予選、日本代表vsタイ代表戦のパンフレット内の選手紹介より。

8日、仕事中に「坪井、代表引退」というそんなニュースタイトルをネットでチラリと見たのですが、
『へ? 坪井さん代表引退? 早すぎるでしょ。でも、まアしょうがないか。疲労たまりすぎでしょ。身体的に持ちこたえられなかったんだねえ。責任感の強さの表れだネ』
と、びっくりした反面、瞬時に納得したのも確か。なので記事内容は帰宅してからゆっくり読みまして(ニュースタイトルによっては、仕事中にもかかわらず瞬時に記事まで読んでしまう場合もあるのですが)。

この5年間レッズを見ている人にはそういう感じの人が多かったんではないかなあ…。


とりあえず、坪井選手が所属する浦和レッズからの声明文をば。

08.02.08
坪井慶介 日本代表についてのメッセージ


日本代表メンバー選出にあたって、坪井慶介からファン・サポーターの皆様へメッセージです。

坪井慶介コメント
「代表チームに対して、辞退、あるいは引退、どちらが適切かはわかりませんが、そういう決断をしました。責任が伴う決断ですし、簡単に決められるようなことでもないと思ってたんで、いろいろ自分なりに考えていました。代表に呼ばれていながら長い間出られなかったということがこの決断に大きなウェイトを占めていることは間違いないですが、自分自身の力がないだけの話で、誰の責任でもないです。ただ、代表チームというのは試合に出ることがすべてではないということはわかってやっていたつもりでした。それでも、一方で選手としてはピッチに立ちたいという気持ちはあるし、そこでの精神的な葛藤がつづくにつれて、相当なストレスを感じるようになっていました。
ああいう形で監督が代わって、気持ちを新たに臨んだつもりだったんですけど、なかなか気持ちの部分と体の部分がうまくいってないなと感じて、このままこういう状態が続くのであれば、代表チームにも迷惑をかけることになるかもしれないし、それでレッズに帰ってきてパフォーマンスが落ちるようでは、やっぱり駄目だって思いました。プロとしての原点はやっぱり浦和レッズにあるし、レッズでやってきたからこそ代表チームの一員になれたと思っています。そのベースが崩れてしまってはやっぱり駄目だなと思って、こういう決断になりました。自分としては、投げ出したくてとか嫌だとか、そういうのではないんです。しっかり自分の中で気持ちの整理をつけて、前に進むための選択だと思っています。非常に前向きなものです。これからも浦和レッズでもっとしっかり自分を鍛える、自分を向上させていきたいと思ったからこその決断です。
代表での経験はやっぱり特別なものだったと思いますし、かけがえのない経験でした。でも、もちろん、悔しさのほうが多いですけどね。何も得なかったわけでもないし、でも、ワールドカップで悔しい思いをしたし、そういう意味では、いろんな思いがありますね。でも、それよりも今は浦和レッズのために、自分がもっともっと精神的に強くなることが必要だし、もっともっとサッカー選手として成長したいと思っています」



(2008年2月8日06時02分 スポーツ報知)
坪井、代表引退!日本最速ストッパー28歳の決断
日本・タイ戦をベンチ外となり、スタンドから観戦する坪井

 2006年ドイツW杯にも出場した日本代表DF坪井慶介(28)=浦和=が、代表を引退する意思を固めたことが7日、明らかになった。6日のタイ戦前に岡田武史監督(51)に伝えており、試合後、指揮官から選手に報告された。代表キャップ40試合の快足ストッパーは、今後は世界進出計画を進める浦和の躍進に、全身全霊をささげる。

 日本最速のストッパー・坪井が、28歳というキャリア最盛期に代表引退を決断した。タイ戦快勝劇で高揚する6日夜の埼玉スタジアムのロッカールームが重苦しい雰囲気に支配された。「残念な知らせがある…」日本サッカー協会関係者によると、複雑な表情を浮かべた岡田監督は死闘を終えた選手に対し、坪井が代表引退の決意を固めたことを報告したという。

 坪井はタイ戦前の段階で岡田監督と去就会談を持った様子。タイ戦では登録メンバー18人から外れたものの、戦力として評価する岡田監督は強く慰留した模様だが、坪井の意思は固かった。8日にメンバー発表となる東アジア選手権にも参戦せず、日の丸の舞台から去ることになる。

 日本代表通算40試合に出場。一瞬でトップスピードに乗る快足とカバリング能力をジーコ監督に評価され、03年に代表デビュー。常に笑顔を絶やさぬ人格者も人知れず苦闘の日々を送った。04年7月のスロバキア戦で左太もも裏腱(けん)及び筋断裂で全治半年の長期離脱を強いられた。療養中、ベッドから自力で起き上がれず夫人に支えられた時、絶望の淵(ふち)に立たされた。06年ドイツW杯では初戦のオーストラリア戦で、原因不明の両足けいれんで無念の途中交代。誰よりも1次リーグ敗退の悔しさを噛(か)みしめた。

 早すぎる代表引退の理由は、愛する浦和のためだった。昨季アジア王者となり、トヨタ・クラブW杯でも3位に輝いたチームの躍進に全精力を注ぎ込むつもりだ。レッズ一筋7年目の坪井は、今後、サッカー人生のすべてを赤い悪魔にささげる。

 ◆坪井 慶介(つぼい・けいすけ)1979年9月16日、東京・多摩市生まれ。28歳。三重・四日市中央工、福岡大を経て、02年に浦和入り。フル代表デビューは03年6月のパラグアイ戦。06年ドイツW杯のオーストラリア戦、ブラジル戦を含む国際Aマッチ40試合に出場し、0得点。スピードを生かしたカバリング能力が特徴のDF。179センチ、67キロ



2月9日16時16分配信 毎日新聞
サッカー 坪井慶介が日本代表引退を表明 クラブに専念
2008年2月8日練習後に取材に応じ、代表引退を表明する坪井=さいたま市

 サッカーの06年ワールドカップ(W杯)ドイツ大会に出場したDF坪井慶介(浦和)が日本代表引退を表明した。今後はクラブでのプレーに専念する。代表出場は40試合。28歳と衰えが目立つ年齢ではないが、10年のW杯南アフリカ大会を目指すメンバーに選ばれながら、出場機会に恵まれない境遇に悩んできた姿が浮かぶ。

 坪井は福岡大を経て02年に浦和に入団。俊足を生かしたカバーリングを武器に1年目でレギュラーとなり、Jリーグ新人王を獲得した。

 代表デビューは03年6月のパラグアイ戦。代表監督がジーコ、オシム、岡田と代わる中でも招集され続けた。だが、07年6月のモンテネグロ戦を最後に出番を失い、今月6日のW杯アジア3次予選初戦のタイ戦はベンチ入りからも外れた。センターバック争いで中沢佑二(横浜マ)、阿部勇樹(浦和)、水本裕貴(ガ大阪)の後塵を拝した格好だ。

 1月末に岡田監督に代表引退の考えを伝え、タイ戦後にも話し合った。坪井は8日、さいたま市内で練習後、「出られない悔しさがあった。選ばれているからには代表チームのためにやらなくてはと、葛藤(かっとう)、ストレスがあった。出られないのは力がないから」と話した。

 浦和の中村修三ゼネラルマネジャーは1月末に坪井と話し合った。だが、「日本を代表する選手が長い時間考えたこと」と翻意は促さなかったという。浦和は昨季、アジア・チャンピオンズリーグを初制覇した。「クラブとして世界に出たことも大きかったかもしれない」と、クラブでのプレーを選択した気持ちを代弁する。

 元フランス代表のMFジダンなど、海外では現役は続けながらも代表は退く例はある。国内では、W杯ドイツ大会後に中沢が代表引退の意向を示しながら後に撤回した例があるものの、珍しいケースだ。坪井は「言ったからには戻ることはない」と、代表引退の重みをかみしめていた




昔々学生の頃は、代表拒否したり、これだったらクラブでプレーしていたほうがイイとか言う選手、代表辞退する選手らに、
「んなにをおォ、お前ら、代表を何だと思ってるんだ。日本人なら、つべこべ言わず代表チームに全身全霊を傾けろぃ、それが日本人としての勤めだろが。それができないなら、草サッカーしてろぃ!」
などと熱く思っていたものですが、最近はそうは思いません。

まず第一に、クラブでのレギュラー争いの熾烈さを思えばこそ。
 自分が代表召集で不在時に、とってかわられるかもしれない。そして奪われれば奪取するのがいかに大変か、わかり始めてきたから。

第二に、代表戦の過酷さを思えばこそ。
 クラブでの国内での試合に加え、代表での試合、移動などの過密日程の過酷さ。そして代表内でのレギュラー争い、精神的重圧、国際試合の強烈な身体のぶつかりあい、など理解できるようになってきたから。

第三に、メンタル保持の難しさを思えばこそ。
 よく、海外の代表ではGKのライバル同士が険悪なムードだったり、ののしり合戦をしたり、とかいう話をききますが(日本だって、試合に出ている選手に強烈なビームを飛ばしているGKがいた、とかいう話は以前はきいたものですが(笑))、ここ数年の日本代表は『控えも含め、ファミリーだ! だから控え選手も代表選手として代表を盛り立ててくれ』というような雰囲気。
確かにそう思いますよ。
そのほうが試合に出た選手も気持ちよくプレーできますし、変な邪念なく自分のプレーができます。そして控え選手も途中からでも試合に出た時に気持ちよくゲームに入れるでしょうよ(まあ、逆に邪悪なエネルギーで火事場の馬鹿力なプレーができるという形もあるでしょうけど)。
誰かが不穏な空気を出せば、チームは不穏な空気になるわけで。
だったら、ちょっとした事でも本心じゃなくても「ナイスプレー」と声をだすことで、はつらつとプレーしたい。誰だって、褒められればハツラツとするでしょうしね。それがチームプレーというものかと。
…ただね、自分が大変な時に、本心じゃなくても「ナイスプレー」と声をかけるというのは思っている以上に難儀なことなんですよね。
完全なる控え選手であろうと、後輩を、新人を、ライバルを、遊び友達を、皆をサポートしていかなくてはならない。それも1試合ならいいけれど、それが何試合も何大会も続けば…。
心の中の葛藤、苦しみはいかばかりか。

自分の心を殺してチームに尽くす、献身する。それがチームプレーというものでしょう。そういうものを乗り越えてこそ、チームプレーであり一流選手という向きもあるでしょう。
が、社会人として会社員として組織に属している私は「そりゃそうでしょうよ、プップー」と尻向けたくなってしまいます。
自分のお願いしている仕事をまともにやってもらえず、逆に「ん! これ!」と無言で彼の仕事を押しつけられ、「じゃあ、あの件もお願いしますよ。じゃないと先に進めないんですよ」と何度お願いしても一方的に偉そうに(またはキレられながら)彼の仕事をつきつけられるだけ。
…そんな人間に笑顔で、普通の顔で何度でも「お願いします」とお願いし続けるのも限界があるというわけです。次第に朝の挨拶を交わすことさえ
「(ちッ、やってらんねえよな。そのふんぞり返った顔も上機嫌な顔も見たくねえ。何がおかしいんだ、この野郎)おはようございます」
と苦痛になるわけです。

と、まあ、上のような感じで、組織に属するメンタルの難しさを金をもらう身になって感じている以上は、坪井選手らの苦悩もわからなくもないのです。たとえ他人事でも。

坪井選手の場合は、自身のことに加え、クラブや代表への責任感も強く感じていたことが、今回の代表引退につながったんだろうなア、と彼の真面目な責任感に不憫にもなってしまうのです。
そんな坪井選手だからこそ、私たちも好きなのですがね。

坪井選手の前向きな勇気ある決断に、敬意をおぼえます。

だって、こう宣言することって一種の「オレ、こんなこと考えてました。苦しんでました」と心境暴露なわけで、そして協会へのおぼえも良くはないと思うんですよね。
だったら代表召集されている間は何も言わずに漫然と参加していればいいわけで。
ただ、真面目な彼は考えに考え、そしてギリギリのところまで追い詰められていたのでしょうね。そして、それは自分のためにもクラブのためにもならない、ときちんと考え、そしてケジメをつけたのでしょうね。

だから、坪井選手の代表引退については、あーだこーだは言いません。
(もちろん、プレーを評して「おしい、残念だ」とは言いますけれど)
ただ、ただ、

お疲れ様でした。
代表での姿は忘れないよ。


と。そして、その前向きな決断に敬意を。


 代表での矢のような守備を忘れないよ。

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W杯アジア3次予選:日本対タイ
2008-02-07 Thu 00:50
08020601.jpg本日は(もう昨晩か…一所懸命、急いで帰ってきたのに)、じゃんじゃん雪が降る中での、南アフリカW杯アジア地区3次予選初戦となりました。

雨もそろそろやむかなー、と思いながら会社を出たのですが、さいスタに着いたら雨がしっかり降っているので、慌てて日本代表仕様のポンチョ買いました…。風邪ひくの嫌だし。結果的にはポンチョ着ておいて正解でしたよ。あんなに雪が降るなんて。

日本対タイということで、格下の相手のハズなのですが、初戦ということでドキドキしながらさいたまスタジアムまで行ってまいりました。
(結果的に暑い国タイ代表には酷な試合となりましたね…寒すぎるでしょ…)

さて本日のスタメンは下の通り。
山瀬選手がようやく岡田監督就任3試合目にしてスタメンでございますよ。
(山瀬選手、最近かなり身体をしぼりましたよね?? ん? 髪型がスッキリしているからそう見えるだけ…じゃないですよね?)

GK: 1 川口能活(cap)
DF: 2 中澤佑二
  3 駒野友一
  8 内田篤人
  6 阿部勇樹
MF: 7 遠藤保仁
  14 中村憲剛
  13 鈴木啓太
  10 山瀬功治
  → 12 巻誠一郎(後半23分)
FW: 17 高原直泰
  → 11 播戸竜二(後半36分)
  16 大久保嘉人
  → 9 羽生直剛(後半42分)


得点
遠藤保仁(前半21分)、
大久保嘉人(後半9分)、
中澤佑二(後半21分)、
巻誠一郎(後半46分)


以前からかなり好きなのですが、最近試合中に見てばかりいるのはビーバー。いや違った。遠藤選手。
最近、動きが良すぎる気がします。
ビーバーのくせに、しなやかなんだよな…。
最近の遠藤選手の動きを見ていると面白いです。すべてが効果のある動きに見えるのです。以前は動きが悪いナという試合は試合中ずっと駄目だし、空回りしている時は試合中ずっと空回りしているような感じだったのに、最近は遠藤選手の動きを見ているだけでも試合が楽しい。
ジーコジャパン時代の中村俊輔選手との連携の巧さが個人的に好きで、その名バイプレーヤーっぷりが、この1年くらいでグンと抜きんでて、バイプレーヤーの枠を超えたように思います。
いや、そもそも一選手に向かってバイプレーヤーとは失礼かもしれないけれど、確かにジーコジャパン初期の頃はそんな印象を受けたのです。「あ、俊輔と一番相性いいのは遠藤選手だなア」と。やはり10番背負う選手には名補佐が必要だと思うのです。だからそういう意味で遠藤選手の良さに惚れ込んでしまったのです。いくらゲームメーカーとして優秀な選手が1人いても、孤立無援では意味ないじゃないですか…(^^;
いかん、何を書きはじめているんだ、私は。
ええーと、とにかくこの試合も遠藤選手のプレーが観ていて楽しかったです。雪でかすみがちだったけどね。
そうそう、このチームでの遠藤選手の動きは、鈴木啓太選手あってのものだとも思うので、啓太には今後も大いに頑張って欲しい(^^)

あと、山瀬選手。
タイ代表監督が褒めていただけあって、マークにあってましたね。
まあ、10番背負っていれば当たり前か。
ちょっとボール持ちすぎている感じもしましたが、それはそれで相手をひきつける作戦だったんでしょうね。ジョーカーだし。
ジョーカーとしてはこの試合もうまくいったんではないかと。
頑張って欲しい…。
ライバルは多いのだから。
俊輔に、松井くんに、…そのうち梅崎選手とかなんとかかんとか…。今のうちに不動のものにしておいて欲しい。って、私は俊輔ファンでもあり松井くんファンでもあるんだよな(^^; 梅崎選手もマイペースなキャラが好き(笑)。

そして、…高原選手。
高原選手はジョーカーじゃないでしょ…。
得点してほしかった。
今日こそ…。
ちょっとうまい感じでアシストができませんでしたね、残念ながら周囲も。
高原には頑張って欲しい…。
理由はないんだけどネ。
なんとなく。
ドイツで頑張ってきたんだし、その頑張りが報われて欲しいな〜と。

内田選手は、今日は「若いってイイなあ♪」という感じの動きでしたね。
なんというか…、身のこなしが軽やかすぎる!(笑)
観ていて楽しいので、今後ともその若さで頑張って欲しい。中澤や啓太、阿部選手らはフォローが大変だろうケドさ。

結局4−1で日本の勝利。
1失点は先取点後のエアポケットのような時間に入れられたウッカリ得点。
まあ、確かにうまい位置のループシュートでしたよ…。
あれはしょうがない、ということにしておきましょう。
今夜は勝てばよかったんだし、今後の反省材料に、ということで、よろしく能活!

試合後の、川口能活(磐田)のコメント。
「内容は悪くなかったけど、ヤット(遠藤)がフリーキックを決めてから1分位で同点にされてしまった。前半は雰囲気にのまれてしまった部分もあるし、あの失点はエアポケットみたいな感じだった。やられてしまったことは仕方がないので、すぐに切り替えることが大事。予選はなるべく平常心で戦わなければいけない。後半は早い時間帯に(大久保)嘉人が決めてくれたので、リズムに乗ることができた。今後もこういう難しい試合が続いていく。その中で、チームの結束は強まっていくと思う」


遠藤保仁(G大阪)のコメント。
「(得点のフリーキックについて)距離的にはちょうどよかったし、GKの位置も見えていた。前半はちょっとみんな硬かったと思う。あんまり慌てずにやろうと話していた。後半はいい感じでボールが回っていたけど、ちょうど攻める方向から雪が降っていたのが多少気になった部分はあった。それでも、やりにくいほどじゃなかった。今日は結果が大事なので勝てて良かった」



こういう、川口選手のコメントだけでも興味深いです。
10年前の川口選手と同一人物とは思えません。10年前なら「あの失点はオレの責任。やってはいけない失点だった」とか何とか言ってたと思います。少なくとも「しょうがない」という言葉は出てこなかったろうなー(いや、上のコメントが悪いという意味ではないのです。むしろ肯定)。
マインドコントロール(自己統制の意味で)って、すごいなアと思います。
マインドコントロールというよりは、意識の変革、でしょうか。
人間が丸くなったというよりは、意識の変革かなあと思います。

私も自己統制した社会人になりたいものです。
苦手な営業マンに、つっけんどんな態度をとるのはいかがなものか、とわかってはいるんですがね(^^;


カテ5チケット(ホーム側ゴール裏)3,000円、ポンチョ1,995円也。
雪中観戦プライスレス(笑)。


 1週間に3試合も代表戦観戦って凄い週だったな…。


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『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』
2008-02-04 Mon 22:24
2009011901.jpg1日、映画の日に新宿TOKYU MILANOビルで『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』観てきました。

【19世紀、ロンドン。フリート街で理髪店を営むベンジャミン・バーカーは愛する妻と娘と共に幸せに暮らしていた。しかし、美しい妻に恋をしたターピン判事の陰謀で、バーカーは無実の罪を着せられ、投獄されてしまう。15年後、妻と娘を奪われたバーカーはスウィーニー・トッドと名前を変え、フリート街に戻って来た。理髪店を構え、パイ店の店主、ミセス・ラペットの協力を得て、ターピン判事への復讐を始める。

『ビッグ・フィッシュ』、『チャーリーとチョコレート工場』など、このところファミリー向けの作品が続いたティム・バートン監督が、『シザーハンズ』以来の朋友、ジョニー・デップと組み、久しぶりにダークでゴシックな世界に戻って来た。18世紀のロンドンに実在したと言われる伝説の人物、スウィーニー・トッドを主人公とした、英国では150年以上のロングランを誇るミュージカルの映画化である。本作もセリフの半分以上が歌という本格的ミュージカルで、ジョニー・デップも見事な歌いっぷりを披露している。共演は、私生活でもバートン監督のパートナーであるヘレナ・ボナム=カーター、アラン・リックマン、ティモシー・スポールら】

ティム・バートン監督ってところで、ある程度覚悟はしていたのですが…。
R15指定映画ですが、観ている最中に「これはR18でしょ…」と顔がひきつってしまいました。ティム・バートン監督のゴシックでダークな世界が本領発揮されておりました。

18世紀ロンドンに実在したといわれる人物をモデルにしたり、もともとミュージカルとしてロングランを誇っていたり、台詞の半分以上が歌だったり、と映画『オペラ座の怪人』を彷彿とさせる映画でしたが(音楽もパロってみている箇所があったりしましたよね!?)、やはり映画ならではの良さがふんだんに取り込まれていて、観て良かったです。
全体的に色を失った画面なのですが、シーンによってはその心情によって少し赤みがかったり、パステルカラーになったり、と微妙な変化が楽しめました。

内容としてはひたすら『因果応報』なストーリーなのですが、そのクライマックスまでの流れと達者な俳優陣が楽しめました(えげつなさ、グロさにひきつりながらも結局、楽しんではいたのです。観て良かったデス♪)。

その救いようの無さに、イギリス映画のような感じがしましたが、アメリカ映画なんですね。
個人的にミセス・ラベットを演じたヘレナ・ボナム=カーターさんに魅かれてしまった映画でした。なんとなく女優・広田レオナさんを思い出してみたり。

ティム・バートンの才能を見せつけられた映画でしたガビーン


 ジョニー・デップの歌声うんぬんの映画ではない事は確か。

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城彰二引退試合
2008-02-03 Sun 14:32
08020301.jpg本日は朝から関東地方は大雪に見舞われておりますが…ああ、この後、歩いて出かけなくちゃならないんですよね。大変だ。
お勤めの方、受験生さん、…ガンバレ(^^;
明日は早起きして私も通勤、頑張りますよ…。

さて昨日、横浜FCの城彰二選手の引退試合がTV放送されていましたね。
面子は・・・

■03−06横浜FCオールスターズ
GK 1 小山健二
DF 2 早川知伸
DF 5 室井市衛
DF 23 岩倉一弥
DF 26 太田宏介
MF 22 高木成太
MF 8 小野智吉
MF 15 坂井洋平
MF 12 滝澤邦彦
FW 11 三浦知良
FW 17 北村知隆
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サブ
岩丸史也・重田征紀・真中幹夫・山口素弘・中丸貴之・後藤義一・吉野智行・増田功作・城彰二
------
監督 三浦知良
------

■JO DREAMS
------
GK 1 下川健一
DF 6 服部年宏
DF 5 田中誠
DF 23 鈴木秀人
MF 21 森岡茂
MF 13 廣長優志
MF 15 秋葉忠宏
MF 8 伊東輝悦
MF 7 前園真聖
FW 18 城彰二
FW 11 小倉隆史
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サブ
小島伸幸・名良橋晃・相馬直樹・井原正巳・上村健一・白井博幸・名波浩・山口素弘・中西永輔・中山雅史・岡野雅行・松原良香・安永聡太郎
------
監督 井原正巳
------


08020302.jpgあんれ? 中丸選手も来てらしたんですね。
中丸選手の姿を拝めるなら、なんとしてでも行くんだったわ。
あ、でも出場したのかしらん? TVを見る限りではそこらへんがよくわからなかったのですが(今はもうどこででもプレーはしてらっしゃらないのかな?)。

その試合日、1月27日日曜日は私は学生時代の友人宅で持ち寄り新年会しておりました。
私は左のミートローフをば。あと不二家のペコちゃん焼きをば。
友人の保育園児の娘ちゃんがよく食べて食べて、最後にはお決まりの寝ぐずりをして、かわいかったです♪
独身だったり、結婚していたり、子供がいたり、立場は様々だけれど、こうして気軽に集まって適当な話をして別れられる友人たち。これからも長く付き合いを続けていきたいなア、とこういう時に強く思います。

以下少々コピペ。

記者会見 城彰二
皆さん今日は本当にありがとうございました。
無事引退試合を終えることができました。とてもうれしく思っています。そして、何よりこの引退試合を開催できるにあたって、横浜FCに協力していただいたことに感謝をしたいと思います。それとやはり集まってくれたメンバー、ものすごいメンバーが集まってくれました。そういった部分では、楽しく最後まで試合ができたこと、自分でも本当にこの上なくうれしいと思いますし、すごく感動しました。


■質疑応答
- 一昨年引退されて、その後サッカースクール、解説者と活動されています。また、ピッチに立って、その1年間で得られたものでまた違う印象はありますでしょうか。

そうですね、感じたことは衰えは早いなということはものすごく感じました。僕は13年間プロでやってきましたけれども、何気なく練習しているとか、何気なく体を動かしていることがすごく重要なんだなと思いますし、このやめて1年間は、サッカースクールで子供たちをメインに教えてきたのと、あと解説の仕事、テレビの仕事をさせていただいたんですけれども、なかなか動く時間がなく、サッカー選手というのは改めては凄いんだと肌で感じました。自分でも鞭を打って少しトレーニングをしていたんですが、それでは到底間に合わないというか、そのあたりの体の部分が重要であることに初めて気がつきました。

- 先ほどスパイク脱がれて、本当の引退となりますけれども、今後のビジョンはありますでしょうか。

一番大きな目標というのはJの監督になることですね。指導者としての道を歩みたいと思いますので、最終的にはしっかりとライセンスを取得して、Jのピッチに戻ってきたいという夢があります。

- 今日の試合では、3ゴールを決められたんですが、その感想はいかがでしょうか。

そうですね。取らせてもらったようなゴールですけれども。でも、本当にみんなが1つになって僕に対してボールを集めてくれましたし。本当はもっともっとチャンスがあったんですけれどもね。でも、1点目は本当に現役時代に取っておけばよかったなという点で、信じられないようなゴールなんで、びっくりしましたけれども。でも、3点取れたというのも、みんなの力が1つになって、それがゴールに結びついたかなと思いますので。自分だけのゴールでなく、皆様に感謝したいと思います。

- 今日1万人以上お客さんが入りましたが、これだけ沢山のお客さんについてはいかがでしょうか。

僕も、正直1万人いかないんじゃないかなと予想をしていたんですけれども、これだけの人数が入って、本当にうれしく思いますし、本当にこういう人に支えられて自分は本当に13年間プレーをしてきたんだなと感じました。これからも、監督の夢というものがありますので、そういった部分でも色々な助けがあって、応援があって、自分は生きているんだなということを、今日のピッチでまた感じられましたし、足をわざわざ運んでくれた人のためにも、自分は良き指導者になって恩返ししたいなと思います。

- 抽象的な質問ですが、一言、城選手にとってサッカーとはどのようなものでしょうか。

サッカーは、一言で言えば僕は夢だと思います。やはり1つ1つ夢を持って、目標を持って、それに向かって選手だったりサポーターだったり、すべての人が関わって1つになることがサッカーの魅力だと思いますし、夢という言葉を、人生の中では全てが夢だと思います。

- 今日集まったメンバーは、アトランタ五輪代表、フランスワールドカップ、横浜FCの仲間ですが、それぞれで思い出になることは何でしょうか。

今回Jo Dreamsに関しては、最初に声を掛けたメンバーが、まずはアトランタ世代だったと。個性もありますし、日本サッカーの歴史を変えてきた年代だったので、その年代と一緒にやったということ。98年フランスワールドカップの代表は、日本が初めてワールドカップに行って、歴史的な選手の面々が集まって、なおかつアトランタ五輪とフル代表とどっちが強いのかという話題もあの頃あったので、ぜひとも融合させてやってみたいなと思ったので声を掛けたんですけれども。皆さん、これだけのメンバーが集まって楽しかったでしょうし、自分も懐かしく思いながらも、プレーになれば真剣さが出ますので、負けたくないという封になりますので、そこは面白かったです。

- 今の代表に引けを取らないメンバーですが、今の比較して勝てるでしょうか?

昔なら勝てるかもしれないと言ったでしょうけれども、解説者の立場からすれば全く勝てませんね。ボール扱いが非常にうまいですし、考える発想だったりアイディア、こういうものは非常にいいものを出しますし、なんせピッチがこれぐらい広いのにボールが回るのは非常に狭いですので、そういう意味では難しいですけれども。でも、歴史を作ってきているメンバー、まだ現役でやられているメンバーもいますし、そういった部分では見ていて面白いメンバーだったと思う。そういうことを次の世代に伝えていくことが使命だと思います。

- 城選手にとって人生を90分に例えたら何分目でしょうか。

90分に例えると1分ですね。現役をやめた理由も、まだ現役ができる体はありましたし、まだ現役を続けられると思いましたが、その後の目標と言うか夢が、やはり指導者になって、子供たちに肌で教えたいという思いが強かったので、ここまでがはじめの1分であって、ここから死んだときが90分、ロスタイムはないと思っていますので、90分まで残りの89分を走っていきたいと思います。

- プロ生活を振り返って思い出に残っていることは?

いろいろなことが思い出に残っていますが、全てのゴール、ジェフ市原での高校生デビューしてのゴール、あそこから僕のプロ生活がスタートして、最後横浜FCで終えたということで、ゴールについて全てのシーンが頭の中に残っていますし、みなさんの記憶にいくつか残っていると思います。
プレーというよりも、一番辛かった時期のほうが思い出に残っているのかなと。横浜F・マリノスからヴィッセル神戸に移って、1年で初めて戦力外通告を受けて、苦しい中で順風満帆に進んできた自分が、一気に崖底に落ちていって、そこから横浜FCが拾ってくれた。そこでの思いが一番深いですね(少し涙ぐむ)。
横浜FCが拾ってくれなければ、自分のサッカー人生はこのような形で終われなかった。本当につらかったですし、それが僕の最大のチャンスだったし、そういった意味では戦力外通告を受けて路頭に迷っていた時期、これが一番の思い出ですね。いい時の思い出はすぐに忘れてしまうので、悪い思い出が心の中でずっと残って。でも、それを励みにしていって、これからも人生の中で苦しい時期が来るだろうし、糧に出来ると思います。それが一番思い出に残っています。


●井原正巳(JO DREAMS)
「監督だったので、最初はアトランタ五輪組を中心にスタートしようということでメンバーを決めた。前半をそのまま終わってしまうと彰二が後半から相手チームに移ることになっていたので、出ていないメンバーが一緒にプレーできなくなるということで、前半最後の15分くらいから出ることにした。自分としては15分だけで…とも思っていたが、彰二と対戦もしてみたいということで後半も出場した。
今日は楽しくやること、彰二に点を取らせて終わること、そして現役選手もいるのでケガをしないことが第一だった。彰二がうまく点を取ってくれて…ハットトリックで終わったのでよかったんじゃないかな。
引退を発表した時から、彰二ならまだやれるんじゃないかと思っていたが、次の夢に向かって頑張るということなので…。
いちばんの思い出は、やはりフランスW杯出場を決めたジョホールバル。彰二の得点がなければ、フランスにも行けなかったわけだし。フランスで一緒に戦ったことも印象に残っている。ボールの収まりもよくヘッドも強くて万能タイプの選手だった」

●中山雅史(JO DREAMS)
「城が主役なので、早めに点を取ってくれてよかった。あれで、周りも気が楽になりました(笑)
引退を決める時期というのは人それぞれ。いろいろと悩んで出した結論だろうから、それは尊重したいと思います。僕自身は、まだまだ自分を磨いて勝負したいと思っていますが。
髪型? これは去年もやっているし、別に決意とかそういうほどのことはないですよ、全然(笑)
今日は僕自身は得点できなかったですけど、こういう試合でも自分なりの動きやコース取りの工夫など反省点がある。ただ、オフの間はランニング中心の練習になっているし、サッカーの試合はそれだけではないので難しい面もある。ここからはチームの練習も始まるので、また自分の特長、チームの特長を生かしてやっていきたい」

●前園真聖(JO DREAMS)
「最後のセレモニーでのスピーチは、突然に言われました(苦笑)でも、城とは鹿児島実業の高校生だったころからずーっと一緒にやってきたから、そういうことも思い出しながら話をしました。一緒にできて幸せでした。
プロでは同じチームにはならなかったけど、五輪代表や日本代表ではチームメイトとしてやれて、やはり高校時代から知っているだけに『あうん』の呼吸がわかる相手ですごくやりやすかった。今日、こうして最後の試合も一緒にやれてうれしかったです。
アトランタ五輪の頃の選手とプレーすると、ワクワクする。当時の主将として? いや、当時も今日もそんなに何も言わなかったし、今日は現役の服部に任せておきました(笑)。自分のプレーは、イメージはあるんだけど身体よりもイメージが先行しちゃって…なかなかうまくいかないです。
選手はいつか引退するもの。でも同じサッカー界にいるわけだし、僕らの世代でまた新しいことができたらいいなと思います」

●小倉隆史(JO DREAMS)
「2トップを組ませてもらったので、僕から点を取らせようと思ったんだけど…。現役のころのようには、うまくいかないです。でも、スルーが決まった時とか、周りの選手の動き出しとかがうまくハマッた時には本当に楽しかった。城のオーバーヘッドのシーンは、頭では難しい距離だと思ってましたが、やっぱりさすがだな…と思いました」

●伊東輝悦(JO DREAMS)
「(アトランタ五輪の時の)マイアミのブラジル戦でのゴールの借りは返せたかな。あのアシストは決めてくれという感じでした。決めてくれてよかったですよ。久々に一緒にプレーしましたが、通じるものはありましたね。本当に楽しかったですよ」

●中西永輔(JO DREAMS)
「今日の選手たちはみんな顔を知っているし、よくしゃべったことのある人たちだったので、本当に楽しかった。定期的にこうやって集まってゲームをできるといい。もっといろんな人に見てもらいたいですね。引退するとボールを蹴る機会が少なくなりますから。指導者のライセンスを取りに行っていたので、11人対11人の試合なんて本当にやってなかったんですよ。30分だけど、本当に楽しかったです」

●名波浩(JO DREAMS)
「(城の引退は)早いと思うけど、それぞれ進むべき道があるから。ただ、自分で引退を決められる人というのは一握り。彼は本当に幸せだと思う。やっぱりサッカーはこうやって楽しくやりたいね」

●三浦知良(横浜FCオールスターズ)
「楽しかった。後藤さんとか、僕も若いときから一緒にやってきた選手ともプレーできたし、彰二も90分間プレーしたし、みんなで盛り上げて華やかにいい形で送り出せてよかった。
ただ、まだやらなければいけないこともあるし、昨日も代表戦があったけど、彰二はこれまでの色々な経験をみんなに伝えていくことができると思う」

●早川知伸(横浜FCオールスターズ)
「本当に楽しくできました。試合前も試合中も城くんと話ができてよかったです。試合中は『シュートが入らねえよ!』って嘆いてましたね。でも、しっかり3点決めるところはさすがです。この場で一緒にプレーできてよかったです」




城彰二選手はJ創世記の選手として、幸運な形で酸いも甘いも知った選手だったとファンとしては勝手に思っています。
(もちろんご本人の血のにじむような努力の上に成り立つものだと認識したうえで)城選手に「幸運」と付けるのは、今日まで我々の目の前でプレーし続けてらしたからです。J創世記の選手の中には実力がありながら、結局は酸いも甘いも経験して創世記のごたごたの中でプレーを終えてしまった選手が多くいたように思うのです。

1993年に開幕したJリーグ創世記というのは、それまでのアマチュアとしてのマイナースポーツからいきなりプロ化して、しかもバブル景気を引きずった華やかな雰囲気を受けファンでさえドン引きするようなドーンと一発やらかした創世記なだけに、多くの選手が結果的には苦しんだ創世記だったと思います(どこまでを創世記と称していいのかもわかりませんが…)。
アマチュアリズムのままプレーしてしまい結果的には身体的についていかれなくなった選手、海外から多くの戦術・プレースタイルが輸入されるも馴染めなかった選手、高額な年俸・バブリーな環境に踊らされた選手、沸騰するマスメディアにつぶされた選手、まだまだ確固たる形が確立されていない脆弱な組織につぶされた選手(これについては下部組織についてもしかり…)……もちろん、沸騰していた創世記だからこそ躍り出られた選手もいるのですが、そうした選手も踊らされながら自分の意思を強く持って頑張りぬいたと思うのです。創世記だからこその不要なものに踊らされながら頑張りぬいた結果だと。

アジア予選も含めてアトランタ五輪代表に選ばれた選手の顔ぶれを見ると、そういう事をまざまざと見せつけられ、歓喜と切なさを感じるチームです。
1997年にNumber連載ものから発行された金子達仁さんの『28年目のハーフタイム』 が、賛否両論ある著者と書ですが、その評価も含めて、当時の混乱をよくあらわしていると思います。
先だっての2006年ドイツW杯で引退された中田選手も、そうした創世記の混乱に巻き込まれその傷を癒せずにいた選手だと思います。城選手はそうした苦難や傷を最後にはきちんと自己処理して糧にして精神的にもベテランとして引退したように感じました(山口素弘選手が「横浜FCで苦労して丸くなった」とおっしゃってましたが、ちゃんと苦労を苦労と認識して立ち向かった結果だったんですね)。
城選手も含め、アトランタ五輪代表は、私より少し年上の世代です。でもプロ化初の五輪代表なだけにマスメディアに逐一報道された近年初の五輪代表でもあるわけで。その中で、私と幾つも年違わない選手たちがこんな状況で戦っているのか(いたのか)と戦慄をおぼえた印象深い代表でもありました。
だから、FWの核だった小倉選手を失って、その中でまだまだハタチそこそこの選手達が報道に傷つきながら力強く予選を戦う姿に、力強くも切ないチームとして忘れられないチームなのです。


とにもかくにも上昇児、いや違った、城彰二選手、お疲れ様でした。
たくさんのプレーと奇跡と感動をありがとうキラキラ
(Jデビュー戦での初ゴールと宙返りが忘れられない…ヾ(´▽`))


 忘れない、忘れられないよ。


余談ですが、引退試合って公式戦500試合出場していた条件が満たされないと開いちゃいけないなんて、今回初めて知りました。城選手は満たしていないけど特例なんだそうで。

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日本代表対ボスニア・ヘルツェゴビナ代表戦
2008-02-02 Sat 19:08
08013001.jpg
ご無沙汰しておりました。
ちゃんと30日には代表戦観に行っておりました。

ちょうどハンドボールの北京五輪アジア予選再試合の日で(しかも国立のお隣の代々木体育館で同じような時間に)、青色に少々にぎわった1日でしたね。
ハンドボール日本代表の面々が1万人を超える超満員の観客に感激していましたが、サッカーのほうは…。土曜日だったチリ戦以上に、水曜のボスニア戦は不入りで、自由席ですら埋まりませんでしたね。
まあ、受験シーズンだし、社会人にとっては月末の平日夜だし、しょうがないですね(^^;)私も、年初だったから気合入れて行きましたが、秋口とかだったらムリだったかも…。
あ、でも国立開催だったら、行くなあ。国立は会社から行きやすい立地にあるので(帰路もラクチンだし)。
ああ、6日のタイ戦がこわい。埼玉県民ですが、埼スタって立地的に苦手なんですよね…。マジで、今年はもう南北線沿線に引っ越そうかな…。

あ、左の画像は今回のキリンチャレンジカップのパンフレット表紙です。
デザインに凝るより、こうした写真をバッと使った表紙は好きです。


キリンチャレンジカップ2008 〜ALL FOR 2010!〜  

日本代表対ボスニア・ヘルツェゴビナ代表
キックオフ19:20
気温8.6℃
国立競技場(東京都)
観客数26,971人

日本代表 出場メンバー>
GK:18 楢崎正剛
DF: 25 内田篤人、
22 中澤佑二、
6 阿部勇樹、
3 駒野友一
MF:14 中村憲剛→2 今野泰幸(後半33分)、
13 鈴木啓太(Cap)、
7 遠藤保仁、
16 大久保嘉人→8 羽生直剛(後半43分)
FW:12 巻誠一郎→10 山瀬功治(前半34分)、
19 高原直泰→11 播戸竜二(後半37分)


ボスニアのほうのメンバーは全然存じ上げなかったので割愛させていただきますが、この試合はもう鈴木啓太選手のキャプテンマークに、観ているこっちが緊張する試合でした(チリ戦では川口能活)。
あとは、なんというか、代表級のFWが通る道を今、巻選手が通っているんだなーと思った大会でした。この壁を抜ければ、高原のような強い選手になれるんだろうなア、と高原と巻選手を同じピッチに見ていて、感じました。
そして岡田監督の「育てる精神」に恐れ入りました。恐れ入るというか、余裕というか。まあ、ジーコの時も加地選手がこうして不動の右サイドバックになったわけですしね。こういう監督の精神力が選手ののびしろになるんだなア、と色々社会人としては考えてしまいました。頑張れ、内田選手。

結局、巻選手は胸(わき腹?)を痛めて退場し、山瀬選手が早々に登場。
…かみあってないんじゃないか? という動きやプレーで、「ジョ、ジョーカーなのか!?」としばらくハラハラしながら見ていたのですが、後半、中澤選手の得点をかわぎりに山瀬選手も2得点を鮮やかに右隅に決め(山瀬2得点目の後はさすがにボスニアGKが後ろの大スクリーン画面でのリプレイをしげしげと眺めて1人反省会しておりました…)、それからはかみ合っていて安心しました。
結局3−0で日本の勝利キラキラ

この試合、ハーフタイムや試合後にちゃんとハンドボールの再試合結果が流れていて、お祭り好きサッカーファン、そして予選の苦しみを知り抜いているスタンドのサッカーファンはいちいち反応していたのが、ちょっぴり嬉しかったです。
これが無反応だったら、悲しい…(><)


2008013002.jpgこの試合の最大の見所は、オペラ歌手・錦織健さんの朗らかな国歌斉唱と(さすが、キー高かったですねえ!)、
ハーフタイム中に流れた、前代表監督イビツァ・オシムのメッセージでしたねえ。
来場姿も流れましたが、思っていたよりは元気そうで、ニヒルに微笑んで手まで降ってくれて、うるっときてしまいました
スクリーンに映し出されたオシムを見て、遠い国から日本に来てくれて、選手達に考えるサッカーを与えてくれたオシム。元気にサッカーを見つめ続けていて欲しいなア、と強く思いましたよ。


  -イビチャ・オシム前日本代表監督からのメッセージ-

  ご来場の皆さん、今晩は。
  そしてボスニア・ヘルツェゴビナ代表の諸君、日本へようこそ。
  私は治療を続けておりますが、これまでご支援をいただいた
  全ての皆さんに改めて感謝いたします。

  共に私と縁のある日本とボスニア・ヘルツェゴビナ両チームの、
  代表選手達の素晴らしいプレーを期待しています。

  どんな結果であれ、良いサッカーが勝利者となりますように。

  両国が「南アフリカ」で再び対戦することを期待しています。






 チケ代2000円(カテ4H)、感動プライスレス。

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