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2008-05-31 Sat 15:29
嶽本野ばらの『ミシン』を先日読みました。 【誰もが一度は、こんな恋をしたいと思ったことがある。でも誰もが、こんなに純粋にはなれないのだ。 名作「世界の終わりという名の雑貨店」、そして表題作「ミシン」を収録したベストセラーデビュー作、ついに文庫化! 】 嶽本氏著書は『下妻物語』しか読んだことなかったせいもあり、「ミシンで洋服をつくるのが好きな女の子の話なのかな…?」と思いながら読み始めました。 って、巻頭は「世界の終わりという名の雑貨店」でしたが。 本当は「世界の終わりという名の雑貨店」が表題作なんじゃないかなー、と読んでいるうちに思いました(巻末の解説を読んだら本当にそうだったようで)。 ヴィヴィアン・ウェストウッドが題材に使われているんですね。そのデザインと高価っぷりと京都の町並みが思い浮かべられるだけに、読んでいて楽しかったです。津和野の乙女峠もサークル旅行で行ったことあるし。 一見、小中高生が好みそうな「崩壊の物語」ですが(だから影響を受けやすい小中学生にはなるべく読んで欲しくない)、太宰治の現代版というところでしょうか。 太宰の作品がオーバーラップしたことから、純粋な崩壊物語ではなく、確信犯的な「生」の物語と読みとれました。何かと死ぬだと壊れるだの言いながら、したたかに強烈に生きようとしている物語。生への生々しさという点で、芥川龍之介の作品も連想させました。 しかしこの現代に生きる乙女文化作家の言いたいことはそんなことではなく、最後は「僕」がしたたかに生きようとしているけれど、本質は結局、大人(僕)の臆病さと狡猾さにのっかった少女(君)の話だったと感じました。 「僕」は結局、死に場所を探していた少女にいいように利用されただけ。それに気づかない「オトナ」の「僕」によって小説の幕は閉じられるわけで。そういう意味では、太宰を苦笑いしながら読むような読後感を味わえました。 …まあ、純粋に崩壊の物語として読んでしまった乙女にも、昨年の作者の大麻所持による逮捕で、「オトナの臆病さと狡猾さ」に気づかされ、作品の深層を読み取れたと思いますが。 さて、お次は表題作の『ミシン』ですが、このくらいのでたらめさと軽さが好きですね。 『下妻物語』につながる軽さを感じさせます。 「エス」とか久しぶりに聞きました。ああ、そういえば小学生の頃はそんな言い方もしてましたっけね。 純粋な乙女のバイブル小説といった感じがしました。 ……まあ、私自身は乙女でも何でもないんですけどね。 その作風から賛否両論わかれる作家のようですが、この作品くらいなら面白がって読むことができました。 ←ランキング参加しています。…クリックよろしくお願いしますm(_ _)m |
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